戦国時代の3人の武将をくらべる【織田信長・豊臣秀吉・徳川家康】

日本の戦国時代に活やくした三人の武将をくらべてまとめてみましょう。

社会の教科書にものっているこの3人。ドラマや漫画などでえがかれることも多く、歴史上の人物の中でもとても人気がありますね。

  • 織田信長(おだ のぶなが)
  • 豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)
  • 徳川家康(とくがわ いえやす)

エピソードも多いこの3人を、今日はノート1ページという限られたスペースでまとめてみます。

このページの内容を、動画でもご覧いただけます。今回はユメオ先生のナレーションで解説してみました。ぜひ動画のコメント欄で感想をお聞かせくださいね。

戦国時代の三武将の自学ノートの作り方

いつものように、どこに何を書くを考えて決めたら、タイトルや日付を書いたり、線を引いたりして準備をしましょう。

今回は、三人の武将をいろいろな面から比べてまとめます。

名前、顔、功績、生まれ、戦(いくさ)、城、政治…

教科書の他、歴史の本や資料集、そしてインターネットで調べてノートに書いていきましょう。

ちなみに私は今回、学校の教科書の他、こちらの本を参考にこのノート例を作りました。

リアル系のかっこいい絵柄で武将が表現されています。マンガやおもしろエピソードの紹介も多く、おもしろく読むうちに歴史に親しめるので、こういった本を読んでみるのもいいんじゃないかと思います。

勉強ととらえるとあまりおもしろみがないです。歴史は個性的なキャラクターがたくさん登場する物語として楽しんでしまうことをおすすめします。

戦国時代の三武将【信長・秀吉・家康】

このようにノートを完成させました。

似顔絵は、今回は教科書に載っている肖像画を参考に描いてみました。歴史の本のさし絵や、マンガなどを参考にするのもいいですし、自分で想像して描いたりしてもいいと思います。

本によっては、織田信長がすごいイケメンに描かれていることがありますが、実際どうだったんでしょうね。

補足

いくつか補足があります。

豊臣秀吉の生まれについてですが、資料によって、身分の低い武士の子として生まれたと書かれてあるものもあれば、農民の子として生まれたと書かれてあるものもあり、はっきりとわかっていないようです。

また、徳川家康が生まれた年は、1542年と書かれてある資料と1543年と書かれてある資料があります。これは旧暦でいえば1542年、西暦でいえば1543年になるということのようです。

他にも、ノートには書ききれなかったけれど覚えておきたいことを追記しておきます。

本能寺の変(ほんのうじのへん)

織田信長に関してとても有名なエピソードとして、こちらも覚えておきましょう。

本能寺の変とは

天下統一を目指した織田信長ですが、家臣の明智光秀の裏切りにあい、京都の本能寺で自害します。この事件を本能寺の変といいます。

そのあと、豊臣秀吉が明智光秀を倒し、自ら天下統一に乗り出すという歴史の節目となった事件です。

織田信長の楽市・楽座(らくいち・らくざ)

織田信長は、自ら築いた安土城(あづちじょう)の城下町で、だれでも自由に商売ができることにしました。また市場の税や関所をなくし、商業や工業をさかんにしようとしました。

豊臣秀吉の検地と刀狩り

豊臣秀吉が行った有名な政策に検地と刀狩りがあります。

  • 検地:田畑の広さや土地のよしあし、耕作している人について調べ、税収入を確かなものにしようとした。
  • 刀狩り:百姓から刀や鉄砲などの武器を取り上げ、反抗できないようにした。

これらの政策によって、武士、百姓、町人(商人や職人)という身分の区別がはっきりし、武士が世の中を支配する仕組みが整っていきました。

親藩・譜代・外様大名

徳川家康は、全国の大名を次の三つに分けました。

  • 親藩(しんぱん):徳川家の親戚
  • 譜代(ふだい):古くから徳川家の家臣であった大名
  • 外様(とざま):関ケ原の戦い以降に徳川家に従った大名

政治の中心となるところや、大きな港があるところを江戸幕府が直接支配し、その周りを親藩や譜代大名でかため、外様大名はなるべく遠くに配置することで、幕府の支配を確かなものにしました。

三人の個性の違いをあらわした歌

織田がつき 羽柴がこねし 天下もち すわりしままに 食うは徳川

意味:織田信長がつき、豊臣秀吉がこねた天下もちを、座ったままで食べるのは徳川家康。

戦乱の世の中で、自ら目立った動きをしなかった徳川家康が、最後にチャンスをきっちりとものにして天下をとり、その後250年以上続く徳川幕府を開いたことが表されています。

また次の三つの歌も、三人の武将の個性をあらわすものとして有名です。

  • 鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス
  • 鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス
  • 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス

どの歌がだれを表しているかわかりますか?

答えはこのようになります。

鳴かぬなら〇〇ホトトギス

短気な性格だったと言われている織田信長。

策をめぐらせる豊臣秀吉。

じっとチャンスを待った徳川家康。

こんな三人のちがいが歌に表れています。

自主学習ノートにこんなこともまとめてみたらおもしろいんじゃないかと思います。

さいごに

今回は三武将のまとめということで、一人一人についてあまり詳しく書いていません。一人ずつもっとくわしくまとめてみるのもいい自学になると思いますので、じっくり取り組んでみてはいかがでしょうか。

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